母の無神経なことば
8歳の時のことです。
周りのママさん達が、子どもの手紙かからなくなるにつれて、
少しずつパートタイムで
働くようになっていました。
「パートに出ないの?」
という、同調圧力的な雰囲気に
母は焦りを感じていたようです。
帰宅するやいなや、
「あー家事育児ばっかりで
いやんなっちゃう😮💨」
とうんざりした様子でこたつに入っている
姿ばかりが記憶に残っていて、
「おかえり」の言葉もなし。
「今日は学校でどうだった?」とかは、
一度もありませんでした。
ましてや、
私が、ある子達2人から、
嫌がらせを受けていて苦しんでいることに、
気を向けるはずもありません。
当時の私は、
「お母さんには生き生きしていて欲しいな、
あんなに元気ないなら
働きに出ればいいのに。
私も家のことを手伝うから」
と思っていました。
何かを言っても、
親に突っぱねられるので、
いつしか、こんな言葉さえ、
両親に発することができなく
なっていました。
母は、30歳そこそこ、
まだまだ若いですが、
継続的に外に出るのは体力的に
不安はあったようです。
大人になってからかな、母に聞いたんです。
そして、わたしが当時思っていたことも。
それに対して母は、
父に話したら、
無理に働かなくていいよと言われた事、
体力に自信がなかったから、
出なくてよかったという事を、
「働かなくて良かったわ」と
さらさらっと返答してきたのです。
私に対して出していた言動の事など、
すっかり忘れて話していました。
ならば、
母を心配して気を揉んだのは、
一体何だったのか、、、
母は、
結局自分だけスッキリさせて、
自己完結してたのか、と思うと
チカラが抜けました。
子どもの私が気を揉んだ事に対しては、
「小さな子に、
そんな風に思わせてしまっていたんだ、しまったな」
とは全く思わないようでした。
自分の事にだけしか考えていない母に腹が立ちましたが、
言ったところで、何にも感じない
んだな、と自分の心に押し込めてきました。
今でも、やるせない気持ち、
腹が煮え繰り返る気持ちになります。けれど、その後とても悲しくなります。この繰り返しです。
8歳の子どもに、そんなことを
いつも無意識、無自覚に
言ったり態度に表してきたことが
許せない気持ちが
消えることはありません。
わたしは、子どもには、
自分がどんなに身体が気持ちがしんどくても、「おかえり」だけは
言うように気をつけてきました。
今もです。
でもやっぱり、
疲れていたりする様子なんかは、
言葉を発しなくても、
小学生の子にだって、
いや、もっと小さなこでも、
わかってしまいます。
案外、大人が思うより
心配してしまい、不安になったりしています。
飼っている犬や猫でも、
人間が元気をなくしているときは
手を舐めて気持ちを向けてくれ
たりする位、よく察してくれます。(私も経験があり、先日は夫に対しても愛犬チャコルは寄り添って、舐めてあげていました)
私が、
急性の大腸炎で入院したり
持病のうつ病が再発して、
重度になり、入院したり
寝込んでいる様子も、
子どもは不安だったようで
「もう入院したり(家にいなくなる)しないよね😨」と聞かれた時は、「あー不安にさせていたんだな🤭しまったな」と思って、
「大丈夫、もう入院して家を空けたりしないよ」と話したことがありました。
カタチには見えないことかもしれないけれど、
見えないココロの部分に関しては、とても重要なことなのではないかと、思っています。

薔薇の🌹コンパクトミラー
私の大切なもののひとつ。
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