心の整理と死生観について:私は子どもカサンドラ

辛かった幼い頃の自分の気持ちを押し隠すのをやめて、受け入れ認めながら、今までを振り返りつつ、生涯をかけて、心の整理をし、これからの生き方・考え方を私なりに模索していくブログです。

自己無価値感という猛毒

太生谷 ゆり

再度治療を開始し、一定期間、

お医者さんと共に、

気分の落ち込みを波線のグラフに表しながら、経過を観察する中で、

「うつ病」ではなく、

「双極性障害=躁鬱病」と

診断、そして、治療法が変わりました。

短期間での診断はなかなか

つきにくいらしいのです。 


薬のを変えて、

だんだん効果が表れるようになりました。


今まで、これが通常の自分だ、

と思っていた状態は、実は

「躁」の状態で、

頑張り過ぎている状態でした。


他人を巻き込んだり、

身を滅ぼす程の

躁状態ではないので、


診断が変わってすぐには、

イマイチ実感というものがなく、

最初は全く信じられなくて、

「あれが躁状態なの?」と

理解ができませんでした。


身の丈以上の事を、

無理して頑張り過ぎてしまう、

いわゆる躁状態が続くと、

心が疲弊して

次は鬱が顔を出してくる、という事が、

だんだん理解できるようになりました。


鬱が酷いと、

寝込むようになり、食事も水分も

摂らなくなっていきます。

いくら寝ても、

まだまだ眠りたりなくて、

起き上がれなくなっていきます。

夫がパンや水を持ってきてくれなかったら、

そのまま餓死に繋がっていたと思います。


こうして、 

子どもの頃から植え付けられて

根付いてしまった自己無価値感、というものは、

心を病む結果に

繋がっていきました。


過食で内臓を痛めつけたり、

いつ命を落としても構わないや、

という気持ちにもなったり、

そして、一時的でしたが、

いくつかの依存症になりました。

ただ、

途中でくい止められたのは

幸いでした。


自己無価値感という毒物は、

希死念慮をも生み出すことに繋がったりすることもあったり、、、


もしも万が一、

命を落としてしまったとしても、


「何が原因かが全く思い当たらない」と、


親は全く理解ができず、

「不可解な死」で終わらせてしまうのだと思います。

そして、

双極性障害は、一生、

完治はしません。

ただ、一生

薬の服用を続け、 

できるだけストレスのかからない生活をおくりながら、

躁と鬱の波を小さくし、

フラットな状態を保つことで

日時生活を、

送っていけるそうです。


私の場合は、

身の丈以上の事をしたくなる衝動と、その反動で、

無気力・希死念慮に陥る恐怖、

という状態から

逃れることが出来て、

今は本当に、かなり楽になりました。


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