心の整理と死生観について:私は子どもカサンドラ

辛かった幼い頃の自分の気持ちを押し隠すのをやめて、受け入れ認めながら、今までを振り返りつつ、生涯をかけて、心の整理をし、これからの生き方・考え方を私なりに模索していくブログです。

人は変わっていくものだから

太生谷 ゆり

こんにちは。

昨晩は数十年ぶりに、

ジャスライブを「聴きに!」※💖

行ってきました。ずっと行きたかったお師匠さんのライブ。生演奏はやはり贅沢です♪


母が亡くなり、

あっという間に1年が過ぎました。

亡くなる前の、

病院での数日間の事を思い出すと苦しく、

負のスパイラルに陥ります😣

最初の頃は、もう自然に任せて

思い出してはあれこれ泣いたり怒ったりと

噛み締めるだけ噛み締めてきました


でも今は、

ふっと頭をよぎりそうな時は、

「いやいや、ダメだ やめよう」と

思い巡らすのをすぐにやめています。


1年と数ヶ月前にはいたんだよなー


いつかは誰でも、私もいつかは...ね...

いつかは迎えるもの


これがいつも

私が母の死を思うと、廻りまくる気持ちです


まだまだ色々な葛藤は続いてはいますが...


つい先日、

頭の奥の方に「◯◯ちゃん..」と

振動のような響くものを感じました。

(母が私を呼ぶ時の声のリズムのような

微かな振動みたいな)


かもめ食堂....という映画作品

レンタルに使用していたDVD📀が

販売されていたので、即決です

もう借りなくてもいつでも手元に置いて...



話は熟知しているので、「じっくり観る」

というよりは、 

たまに映像を眺めたりして...

俳優さんたちのセリフを、

まるで柔らかな霧雨🌧️を浴びるように

「聞き」※💖

BGMのように流しています


子が大きくなっていくと

自分は歳をとっていき 

親はさらに歳をとって亡くなってもいくし、

私もいつかは亡くなる日が来る


サチエさんとミドリさんの会話...


「人は変わって行くものだから...」


「良い方に変わっていくといいですよね」


※💖

聴く👂 と 聞く👂 について


聴は能動的に、自ら「きく👂」

聞は受動的・きこえてくるの「きく👂」


と子どもの頃に、教わった記憶があります。

それ以来、

文章を書くときに📝ちょっとこだわってみたりして、使い分けしたりしています🤭


余談:

聞き耳をたてる 聞き惚れる

などの複合したことばは

自発的だとしても、

「聞」を使うのが一般的なんだそうです。

聞き耳、、というと受信アンテナ📡みたい

聞き惚れ、も、自発的👂だとしても

やっぱり自然に入ってきて魅了されたというような

「一目惚れ的な?」

「熟知した上でのリラクゼーション的な?」

意味合いが強そうだからなあ。

だから「聞」なのかなあ。笑


かもめ食堂の映画のセリフ(サチエさん・ミドリさん・マサコさんの)は、

リラクゼーション的「聞き惚れ」

に近いものがあるように思います。


この間

チャコルと歩いていたら見つけました。

コサージュになりそうな、「椿の花」


読んで頂きありがとうございます♪


多谷生 ゆり