心の整理と死生観について:私は子どもカサンドラ

辛かった幼い頃の自分の気持ちを押し隠すのをやめて、受け入れ認めながら、今までを振り返りつつ、生涯をかけて、心の整理をし、これからの生き方・考え方を私なりに模索していくブログです。

お皿とかマグカップの不思議

重たい内容ばかりのブログなので、

軽やかな記事も間に挟んでみようと

思います。


私は食器全般に興味がある

焼き物なんかは、陶器市を廻るのが

楽しくて仕方ない

ここ最近は、焼き物の里に足を運んでないが。


たまに店頭に置いてある陶器市は

大抵足を止めてしまう。




いつも思うが、ある不思議な事がある。


4人家族としても、平たいお皿なんかは

5枚セットになって売られていたりする。

いつのまにか、1枚だけ割れてしまったり

する。

最初から、予備的な感じで1枚多く

してあるのか?見越してか?


また、

マグカップを2つ揃えると、

必ずと言っていいほど、なぜだか、

片方だけ フチが欠けてしまう。


↓ペアのカップは欠けてしまった🤦‍♀️


グラスなんかもふたつ揃えてあるが

注意を払って使っている。


かと思えば、

あまり価格の張らない食器は

かなり気軽に使っているにも関わらず、

割れたりしないのだ。

割れにくい材質というわけではない。

私にとっては、少し高価な、

または気に入りレベルが高い物で

気遣って使用している食器ほど

欠けてしまう危険性が高いのだ。


好きなメーカーのマグカップ2つを

リサイクルショップで新品のものを

半額で購入したが、

うっかり、手鍋の持ち手にぶつけて

飲み口部分が、欠けてしまったことがある。


🫢😱😢😓


気を遣うほど、なぜ、欠けてしまう事態になるのか....


不思議でならない...


お祝いにペアのマグカップを贈ってくださった方も同じ事をおっしゃっていた。


こちらは大丈夫。

欠けてほしくない。どれも。

どの食器も大切に使っているのになあ🤔


読んでくださって、ありがとうございました。

孫に対しては大して思い入れがないよね

タイトルそのまま。

父は私にそう言った。


え?

その孫たちを死ぬ思いで産んだ私に、

そういう事を言うか? 

と、、心の中でも自問自答した。


母方の祖父が乳児の私を溺愛していた

と言う事と比較しての言葉だが、

「あんなに孫がかわいいもんかねえ」

「私に対してはあんなんじゃなかったのに」

ってお母さんも言ってたんだよって。


好意的には言ってない。

嫌味にしか聞こえない言いっぷり。


「異常なほどのかわいがりっぷりだった」

と言わんばかりだった。


我が子をあんなに可愛いと思ってくれる

事が、親としては嬉しい、  

という意味では決してない。


こればかりは黙っていられなかった

「私がどんな思いであの子たちを産んだと

思っているのよ!!」

声を荒らげて言ってしまった。


だって、命懸けで産んだ、

かけがえのない、愛する子たちだから。

つわりがひどくて 

パンの焼ける匂いでさえ悪臭になった

全てが悪臭.....



水さえ飲めず、

胃液すらもう残ってないくらい

点滴を受けながら

吐き気どめを何度も打ってもらい、

口にできそうなものがないかと、

売店に買い物に行って、

失神して倒れ込むこともあった


それでも、お腹にいる赤ちゃんは

元気に育っているよ、と

エコーを見せてもらい、

赤ちゃんのためだ!なにくそ!と頑張った

毎日毎日、カレンダーをチェックしながら

安定期まであと少し、と

赤ちゃんのために

耐え抜いた。


それが約半年間


これが出産まで続く人もいる。


そんな苦しみをやり過ごして、

出産したのだ。


私の憤りは、言葉には表せないくらいの

ものだった。

そういう事が想像できない父。

そう言っても、

私が「うんうん、そうだね」と

聞いてもらえる、と思っている父。


祖父の私に対する溺愛の話は

置いておいたとしても、

思うのは父の勝手だが、

何もそんな事を言う必要はないだろう?

相手が不快に思おうが、

思ったままを何でも私に言ってしまう。

これは母も同じだった。


「そうねえ、おじいちゃんは、よほど私の事が可愛かったのねえ(笑)」なんて、

懐かしんで、和やかに会話....なんて

言い返せるような感じの会話ではないのだ。


あんまりいい気持ちはしないよね....

という感じの、

とにかく不快にさせるだろう

物言いの多い両親だ。


挙げたらキリがない。

これがずっとだ。


いつも思ってきた。

あの人たちのような物言いは、

私はしないな って。

ああいう物言いもあるんだろうけど、

私には合わないなって。

不快だけど怒りは尋常じゃないが、

この人たちを頼って生きていくしかないんだと。



↑チーズトースト。つわりが落ち着いてからは

もちろん大好き❤に戻ったけどね。

行き場のない家・居場所のない家


父は相変わらず、私と話すと、

ひとりでベラベラ一方的に話しまくり、

私が話を投げかけても、

全く聞かない、相槌すら打たない


会話のキャッチボールができない


もちろん、共感なんてしたことがない

まず、幼い娘の話すことや、

幼い頃の私が、

今どういう気持ちでいるのか、

どう思っているのか、

「尋ねたり、聞いてあげる」事は

一切しない


自分の希望することが、

一向に叶わなかった、

悔やまれて仕方がない

という執着を話すこと以外は


家族の思いには興味がないみたいだ


耳を傾けようともしない


いつのまにか、

自分の話にすりかえて、

自慢話や苦労話、マウント話、悪口、

不平不満話に変わっていく。

 

執着していると言う意識はまるでない


ひとりでしゃべりまくる

何時間もだ。

どこかで止めないと止まらない。


昔から。


聞かされるだけ聞かされて、、、


何度も何度も....

子どもながらにも、

さすがにだんだん嫌になって、

茶の間を出て

暖房のない寒い部屋に逃げていたこともあった


そんなグッタリした、幼い私が  

ひとりで茶の間から出ていく事に

目を向けることもなく、 

目を向けるどころか、

全く範疇になかったようだった

ひたすら喋り続けていた父.....


行き場のない 居場所のない家


子どもの頃、そればかりで

いつもグッタリ疲れていた

どんよりとした空気、、、

次は私の話も聞いてくれるのかな

でも一度たりとも、

私に話をさせてはくれなかった


未だに

私が聞かされ役になっていることにも

無自覚な父、、、、

母に対しても同じだった


聞いていない

重荷になっていることにも。

何十年も私に聞かせてきたとは、

本当に全く気がつかない


それどころか、先日は、

「知らないと思ったから、話しておいた方がいいと思って話したんだ」

という始末。


未だに

実の弟たちの事を、

「高校に進学もせず結婚もしないで」、、、

「あんなんだから.....最期は....」

もう何年も前に亡くなっているにも関わらず、何度も何度も.....


学歴をつけて人並みに結婚して家庭を持って、、、

言いたいことはわかる

そういう理解はできるが、

他人に強要できるものではない


これに当てはまらない人間に対しては

枠から外れているという認識のようだ


世の中、色々なカタチがある....


父にとっては「変わり者」の枠に決定


もううんざりだ、、、、

でも、親だ 親なんだから.....


必要なお金も出してくれて

希望を叶えてくれたでしょ....

衣食住、

何不自由なく暮らせてこられたんでしょう....


もうひとりの私が、

世間を代表するかのように

本当の私の苦しみを否定するのだ


グッタリする